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『再びの夏』 第六章

『再びの夏』(六)
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(六)

真夏に珍しく熱風が舞った。
ざわっと木々が騒ぎ、地面を点々とてらす木漏れ日が揺れた。

(でも・・・)

由紀子は自分を戒めながらも、堪えようのない不安と心のざわめきを感じた。
突然、砂場で遊んでいた英夫が、甲高い声を出した。

「ママ、お兄ちゃんだ」

英夫は砂遊びの玩具を投げ捨て、突然現れた人影にじゃれついた。

近所に住む大島邦彦だった。
その年東京の私立大学に入学した邦彦は、実家を離れて一人暮らしをしていると聞いた。

子供が好きで、大学でも人形劇や影絵をするサークルに入っているらしい。
遊戯で子供をあやすのが上手く、公園で何度か顔を合わせるうちに、英夫に手遊びを教えてくれるようになった。

由紀子はベンチから立ち上がり、
「こら英夫、しつこくしたら、お兄ちゃんに迷惑よ」と、邦彦のズボンをつかんで離さない英夫を叱った。

邦彦は由紀子に軽く会釈した。

「いえ、暇ですから構いませんよ」

邦彦は英夫をベンチに座らせると、簡単な手遊びゲームを始めた。
間に英夫を挟んで座った由紀子は、まだ顔見知り程度の邦彦を相手に、一人ぼっちの寂しさを晴らした。

「お盆休みなのに、実家には帰らないの?」

「サークルの合宿が昨日まであったので、来週帰ろうと思っています」

「そうか、八月はずっとお休みなんだ。学生さんは楽でいいわねえ」

「ん?でも奥さんも、ずっと昔は学生さんだったわけですから、順送りで・・・」

「まあ、ずっと昔ですって?失礼ね。私はまだ二十九歳よ」

冗談めかして由紀子が怒ると、邦彦は大袈裟な素振りでペコペコ謝って見せた。
つづく…

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『再びの夏』 第五章

『再びの夏』(五)
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(五)

昭和五十二年、夏。
油蝉が騒がしく鳴く昼下がりの公園。

由紀子は木陰のベンチに座り、砂場で遊ぶ三歳の英夫を見守っていた。
お盆休みが始まり、東京の街は、帰省や旅行で人々が去り、人影も疎らだった。
いつもは賑やかな公園も、がらんとして、由紀子たち以外に誰もいなかった。

由紀子は疎外感でいっぱいだった。
隣近所が家族連れで楽しそうに出かけるのを見て、こうして公園にいる自分が情けなく思えた。

(仕事だから仕方ない…それはわかっている…でも…)

家族をほっぽり出して、得意先とゴルフへ出かけた郁夫への恨みは消えなかった。

仕事一途で真面目な夫。
ギャンブルに金をつぎ込むわけでもなく、女遊びに血道をあげるわけでもない。
傍から見れば、勤勉実直な夫だと羨ましがられるのかもしれない。

だが、夫不在の暮らしは、子育てと家事だけの毎日を送る、根が甘えたがりの寂しがり屋である由紀子のストレスを鬱積させていく。

二十五歳で結婚するまでに由紀子は三度の恋をした。
いずれの終局も原因は、由紀子が新しい男に心移りしたためだった。

世の男たちは釣った魚に餌をやらない。
恋人である由紀子の扱いがどうしても粗略になる。
そんな時に他の男から言い寄られると、つい心が揺れてしまうのだ。

結婚して四年、由紀子はそんな自分の弱さを懸命に戒めてきた。
しかし一人ぼっちで昼間のアパートにいると、どうしようもない寂しさに心掻きむしられることがあった。

昨年、英夫の夜泣きが酷くて軽いノイローゼになった由紀子に、
「泣き言を言うな。それはお前が甘えているからだ。俺はお前たちのために休まず働いているんだ」
と、郁夫は言い放った。

由紀子は言い返せなかった。
夫が安心して働けるように、しっかりと家庭を支えるのが妻の役目だ。
郁夫を頼らず、強い女にならないといけないことは、由紀子自身が一番よく知っていた。
つづく…

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『再びの夏』 第四章

『再びの夏』(四)
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(四)

郁夫は冷たく宣告した。

「黙って俺の言う通りにすればいいんだ」

由紀子は泣きたくなった。

(やはり私は夫が嫌いだったんだ)

三十年間、パンドラの箱に封じ込めていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。

二十五歳-結婚適齢期が早かった当時、由紀子は焦りから見合いをした。
その相手が郁夫だった。

仕事ができる人だからという親の勧めもあって、由紀子は結婚に踏み切った。
それから三十年、夫が家庭を顧みないのをいいことに、由紀子も真剣に郁夫との愛情を紡ごうとしなかった。

子育てを生きがいとしてきた由紀子には、生活費を入れてさえくれれば、郁夫のことは好きでも嫌いでも一向に差し障りなかったのだ。

ところが旅先で何十年かぶりに子供抜きで二人きりになってみると、隠し切れない郁夫への嫌悪をどうすることもできなかった。

(この先どうすればいいの…)

とてつもない不安が由紀子を襲った。

せっかくの京都旅行だ。
由紀子は頭の中を空にするように首を振った。
そして郁夫から目を逸らし、ところどころ雲が浮かんだ空を見上げた。

(ああ、邦彦)

由紀子は、暗くのしかかる憂鬱から逃れようと、白い雲を無理矢理に愛人の顔へとなぞらえた。
つづく…

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『再びの夏』 第三章

『再びの夏』(三)
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(三)

三十年、夫婦として暮らしてきた。
由紀子は、郁夫との間に横たわる深い感情の溝を、今はっきりと見たような気がした。

たが郁夫を責めることはできない。
今でこそ、会社より家庭を大切にする風潮が主流となっているが、団魂の世代に生まれた男たちは、嫌でも会社優先の生活を強いられてきた。

会社から疲れ切って帰りつき、『風呂・飯・寝る』と言うのが精一杯な夫に、家で心の通じ合う会話を求めるのが土台、無理な注文なのだ。

だからこうして二人きりにされると、三十年に渡る感情の隔たりが、夫婦とは思えないぎこちなさを露呈させてしまう。

清水坂に入ると、修学旅行らしき黒い制服の一群が、道一杯に広がって歩いていた。
歩みが遅い由紀子に、業を煮やした郁夫がまた近づいてきた。

「何だ、疲れたのか?しょうがないやつだな。日が落ちるまでに、清水寺から三十三間堂まで回らないと、せっかく立てたスケジュールが狂ってしまうんだ」

苛立ちを募らせた郁夫は、脂性の顔をてかてかと赤らめていきり立った。

「…わかっています」

「だから俺が言う通り、最初からタクシーを使えばよかったんだ。そうすれば、もっとたくさんの寺や神社を効率的に見て回れたのに。それなのにお前が、できるだけ歩いて回りたいなんて言い出すから」

憎々しげに歪んだ口から、強い口臭と汚らしい唾の飛沫が飛ぶ。

由紀子は心痛に耐えた。
郁夫の一言一言が、醜い老いた容貌が、由紀子の神経を刺々とささくれ立たせた。

「…すみません」

苦痛から逃れたい一心で、不本意だったが由紀子は謝った。
どうせ何を言っても、郁夫が聞くはずはないと諦めていた。
つづく…

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『再びの夏』 第二章

『再びの夏』(二)


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(二)

知恩院の拝観を終えてしばらく歩くと、道脇の小さなガラス工芸店が目についた。
立ち止まってショーウインドーを見ると、淡いピンクのグラデーションをまとったタンブラーが由紀子の気を惹いた。

(まあ、可愛らしいこと)

由紀子を思わず口許を綻ばせた。
若い娘が喜びそうな色使いで、普段なら敬遠する派手なデザインだった。
旅先で新緑の息吹を吸い込み、気が若やいでいるのかしらと由紀子は一人微笑んだ。

ショーウインドーに映る自分の顔を見た。
生来の童顔で、若い頃は子供っぽいと悩みもしたが、逆に今は、まだ40代半ばといっても十分通用する若々しさに溢れている。

しばらくタンブラーと自分の顔を交互に見比べていると、またも先を歩いていた郁夫が引き返してきた。

「どうした?」

「見て、あの淡いピンク色のタンブラー。素敵じゃない?」

太鼓腹が突き出た郁夫は、窮屈そうに腰を屈めてショーウインドーを覗き込んだ。
どうやらタンブラーではなく、その横に小さく書かれた値札を見ているようだった。

「お前はいくつになっても、物の価値がわからないな。東京のデパートへ行けば、同じ値段で、ベネチアングラスでも薩摩切子でも、価値のある品物が買えるんだぞ」

「そ、そんな…」

「だから女は買い物が下手だと言うんだ。名の通ったブランドでないと、将来の資産価値はゼロなんだよ」

早口でまくし立てる郁夫を、由紀子は唖然として見つめた。

「わかった。京都支社に目を掛けてやった部下がいるから、明日の朝、一番有名な専門店へアテンドさせよう。そこでコップでも皿でも好きなものを買えばいいだろう」

黙り込んだ由紀子の様子を見て、郁夫は慌てて機嫌を取るように言った。

由紀子は幻滅した。
別に店先のタンブラーをねだっているわけではない。

ましてや高価なベネチアングラスが欲しいわけでもない。
ただ旅先で偶然見つけた小物の可愛らしさを、夫に知らせたかっただけだ。

ところがそんな由紀子の思いが邦夫には伝わらない。
妻の心情を理解することができないのだ。
つづく…

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『再びの夏』 第一章

    再びの夏 

由紀子は指先についた白濁液に舌で触れた。
苦かった。だがそれが邦彦の分身だと思えば、苦味も甘味へと変わっていく…


『再びの夏』
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(一)

晩春の京都。
梅、椿、桜_早春を彩る花々との共演を終えた京都は、一見の物見客も去り、落ち着きのあるたたずまいを取り戻していた。

花の季節もいいが、新緑の京都もまた趣がある。
芽吹く若葉の明るい緑が、年月を重ねた街並みと鮮やかな対比を描き出している。

菊川由紀子は、目映い新緑の光を浴びながら、知恩院へと続く小道を歩いていた。
路傍には、和菓子屋や漬物屋、陶芸品を売る店が並び、道行く者の目を楽しませてくれる。

そんな京都らしい風情に由紀子が目移りしていると、前を歩いていた夫の郁夫が振り向きざまに大声を出した。

「おい、のんびりしていると日が暮れるぞ」

「はいはい」

急かされた由紀子は、少しだけ足を速めて郁夫の後を追った。
傍目には、仲睦まじい夫婦の旅姿に映るだろう。

郁夫、由紀子、共に五十五歳。
すでに子供たちは巣立ち、経済的にもゆとりができ、誰に気兼ねもなく旅行を楽しめる年齢になっていた。
だが由紀子が郁夫と二人で旅行するのは、三十年前の新婚旅行以来初めてだった。

証券会社で営業部長を務める郁夫は、昔気質の典型的な会社人間だ。
決まって夜は接待か残業、休みはゴルフかゴロ寝で、三十年間家庭サービスとは無縁の夫だった。

その郁夫が、突然二人で旅行へ行こうと言い出したのだ。
夫不在の生活に慣れていた由紀子は、自分の耳を疑った。
体の具合が悪いのかと真剣に尋ねたほどだった。

由紀子は旅行先に京都を希望した。
海外旅行を考えていたのか、邦夫は少し気が抜けたような顔をしたが、すぐにガイドブックを買って熱心に旅行の計画を立て始めた。

由紀子は、仕事一途だった邦夫の心境の変化を疑いつつも、大好きな京都へ行けるならと、それ以上理由を詮索しなかった。
つづく…

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『プリザーブドフラワー』 最終章

プリザーブドフラワー-crop 

『プリザーブドフラワー』

最終章

葉子は苦しそうに咳き込んだ。

「あまり無理して話さない方がいい」

「で、でも、やっとあなたに会えたのに・・あなたと逢えるなんて、もう・・」

不意に葉子の表情が曇り、見開いた瞳が潤んだ。
今まで堰き止めて来た感情が、奔流となって込み上げてきたのかもしれない。

平田は己の愚かさを責めた。
空白の二十年、葉子は平田を待ち焦がれていたのだ。

何故近くにいてやらなかったのだろう。
結局、平田はエゴの塊でしかなかった。

この病室を訪れたのも、葉子に対する後ろめたさを晴らしたいからだった。
葉子への思い遣りなど欠片もなかったのだ。

「・・済まない・・」

「嫌、謝ったりしないで・・あなたに、謝られたら、私の人生は、全部、不幸に、なってしまうじゃない・・そんなの嫌よ・・」

「・・葉子」

「私は幸せだった・・ううん、今も幸せ・・あなたを愛せて幸せだった・・」

「・・・・」

平田は項垂れた。

「あなたを愛していなかったら、きっと後悔ばかりの人生になっていたと思う。あなたを愛したからこそ、私、幸せな人生を、送れた・・」

葉子は骨と皮だけの手を差し伸べた。

「握手して・・」

平田はその掌を押し頂くように握った。
冷たい掌だった。二十年ぶりに握った手が、涙でゆらゆらと揺れて見えた。

ぽつりと葉子は呟いた。

「このまま時間が止まればいい」

「ああ・・」

だが葉子の顔を染める茜色が、刻々と暗い翳りを深めていく。

「でも、時間は、止められないね・・」

葉子は悲しげに呟いて瞳を伏せた。
そして枕元に置かれた薔薇のプリザーブドフラワーを一輪手にした。

「それなら、この花のように、色褪せることなく、あなたと一緒に明日を生きたい」

平田は葉子の瞳を見つめた。

「・・生き続けるさ」

平田は骨ばかりの葉子の手を強く握った。
葉子は幸せそうにふっと笑みを浮かべてくれた。
――閉幕――

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『プリザーブドフラワー』第七章

プリザーブドフラワー-crop 

『プリザーブドフラワー』


明るい茜色に染まった病室には、ところ狭しと、ブーケのような薔薇の花束で埋め尽くされていた。
平田は首を傾げた。

剣弁高芯咲きの花形は生花そのものだが、鮮やかな青や濃い紫の花色は、かつて葉子から学んだ薔薇の種類ではあり得ないものだった。

「変な薔薇だなあ・・生花みたいだけど、色が本物じゃないしなあ・・」

「うん、この花は、プリザーブドフラワーって言うの。私がつくった造花よ」

「造花? しかし本物の花にしか見えないよ」

「そうかもね。プリザードって言うのはね・・」

覚束ない口調ではあるが、葉子は一言一言噛んで含めるように説明した。

プリザーブドフラワーとは、脱水脱色した生花を染色して乾燥させた造花である。
生花のような瑞々しさが数年に亘って持続するため、魔法の花として近年非常に人気があるフラワーアレンジメントらしい。

葉子は枕本から紙切れを取り出した。

「これ私がつくった名刺、あなたに、渡そうと思っていたの」

もう造花すら造れそうもない痛々しい手で、葉子は名刺を平田に手渡した。

『フラワーコーディネーター 駒木葉子  花束・ブーケ等(生花、プリザーブド)ご用命受けたまわります』

「一緒にお花をやっている友達と、お店を始めようと思って・・実はもう結婚式とか、注文がきているのよ・・」

平田の胸は痛んだ。
葉子は、明日の命すら保障もない今でも、夢を抱き続けて懸命に生きようとしていた。
残された時間の限りを知りながら、大切に向き合って生きようとしているのだ。

つづく…

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『プリザーブドフラワー』第六章

プリザーブドフラワー-crop 

『プリザーブドフラワー』


「体調はどうだ? 話せるか? 具合が悪いのならすぐに帰るよ」

「ええ、大丈夫。今日は調子がいいの・・」

相当体が弱っているのか、耳を近づけなければ聞き取れないほど、葉子の声は途切れ途切れで力なかった。

「出張で仙台支社へ来たんだ。入院していると聞いたからちょっと寄ってみたんだよ。ほら、君が好きな薔薇の花をお見舞いに持ってきたよ」

平田は慎重に言葉を選んだ。

すでに葉子は死を覚悟しているようだと山田から教えられていた。
だが最後に一目会いたくて来たとは、とても本人を目の前にして口に出来る台詞ではなかった。

「ありがとう・・山田課長から、お見舞いに来てくれるって、聞いていたから、楽しみにしていたの・・」

体を起こそうとする葉子を平田は押し留めた。

「無理するなよ」

「でも横になっていると、あなたの顔が、よく見えなくて」

ベッドの横にあったクッションを枕元に置き、平田は紙切れのように軽い葉子の体を抱き起こした。

「辛くないか?」

平田は葉子の顔を見つめた。

「ええ・・やだ、そんなに見つめないで・・お化粧したんだけど、久しぶりだから、どうも上手くいかなくて・・」

葉子は痩せこけた頬に薄くファンデーションを塗り、乾いた口唇にルージュを引いていた。

死を間近にしても、葉子は平田の前で女として振る舞おうとしている。
その健気な姿に、平田は湧き上がる涙を堪えるためにあちこち病室を見回した。
つづく…

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『プリザーブドフラワー』 第五章

プリザーブドフラワー-crop 

『プリザーブドフラワー』



平田はドアをノックした。
返答はない。
恐る恐るそっとドアを細く開くと、病室は窓から射し込む西日で、壁も床も燃えるような茜色に染まっていた。

部屋の中央にベッドが一つ置かれている。
そのベッドを取り囲むように医療機械が並び、無機質な信号音を間歇的に響かせていた。

ベッドに寝ていた葉子が小さく動いた。

平田は無言で頭を下げた。
全身を医療器械のコードで縛られた葉子は、痩せこけた顔を平田の方へ向けた。

「ひ、平田部長・・来てくれたの・・」

「・・よ、葉子」

平田はやっとそれだけ口にすると、凍りついたようにその場に立ち尽くした。

変わり果てた姿だった。
豊満な肢体を誇っていた葉子が、一回り縮んで干からびたように小さくなっている。

「ここへ座って・・」

葉子は枕元に置かれた椅子を手で示した。
そのパジャマから覗く上腕が、ミイラのように骨と皮ばかりになっている。
そして腹水が溜まっているのか、餓鬼のように腹だけが膨らんで見えた。

平田は病に侵された葉子をある程度想像していた。
だがここまで残酷だとは信じられなかった。

平田は仙台へ来たことを後悔した。
かつての愛人に、痩せこけてしまった自分の姿を見られることが、葉子にとってどれほど苦痛なのか考えもしなかったからだ。

平田は涙腺が弛むのを感じて、強張る筋肉で無理矢理笑顔をつくった。

つづく…

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プロフィール

紅殻格子 

Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

表のメディアで満たせない性の妄想を描くためブログ開設

繊細な人間描写で綴る芳醇な官能世界をご堪能ください。

ご 挨 拶
「妄想の座敷牢に」お越しくださいまして ありがとうございます。 ブログ内は性的描写が多く 含まれております。 不快と思われる方、 18歳未満の方の閲覧は お断りさせていただきます。                
児童文学 『プリン』
  
『プリン』を読む
臆病で甘えん坊だった仔馬は、サラブレッドの頂点を目指す名馬へと成長する。
『プリン』
だが彼が探し求めていたものは、 競走馬の名誉でも栄光でもなかった。ちまちました素人ファンタジーが横行する日本の童話界へ、椋鳩十を愛する官能作家が、骨太のストーリーを引っ提げて殴り込みをかける。
日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
『プリン』を読む

作 品 紹 介
※ 小説を読まれる方へ・・・   更新記事は新着順に表示されますので、小説を最初からお読みになりたい方は、各カテゴリーから選択していただければ、第一章からお読みいただけます。
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